NPO法人尼崎市身体障害者連盟福祉協会

NPO法人尼崎市身体障害者連盟福祉協会のブログです。当連盟に関する様々な情報を提供します。

理事長の健康コラム No.1

本日より健康コラムを始めさせていただきます。

現在は事務局がブログを担当しているのですが、頭が固いのか、固い内容の物ばかりになってしまっています。これではいけないということで改善策を考えていたところです。

理事長の堀口が健康コラムを毎月作成しているので、それを掲載していただくことにしました。よろしくお願いします。


霜月 『腰部椎間板ヘルニア』

 医療技術の進歩により病気の診断や治療法が年ごとに変わってきました。1960年代から80年代にかけて腰痛で病院・医院を受診すると、大半の人が「椎間板ヘルニア」と診断されていました。主な治療法は鎮痛剤の注射、服薬、湿布、電気療法と牽引で、これらの治療法で治らない場合には手術が行われていました。わたしの治療院での80年ごろの2人の治療例を記してみます。
 30歳の主婦Mさんは、椎間板ヘルニアの手術を受ける日が決まっていましたが、
母親の勧めで治療にみえました。訴えでは急性腰痛、ぎっくり腰のようでした。腰椎部の所見をとり、腰筋外縁のしこりにやや深いはりをしてマイクロ波を10分照射。このような治療を2日続けると腰痛は軽減しました。Mさんは日にちまで決まっていた手術を断り、現在も元気で働いておられます。
 椎間板ヘルニアの手術のため入院していた近所のすし屋の長男が、父親の勧めで病院を抜け出して治療にみえました。長男は20歳代でスポーツマンらしく大柄でがっちりしていました。はりで脊椎の直側と腰部の起立筋の硬いコリを丹念にほぐし、うつぶせで肩から背中、背中から腰・足へマッサージをして治療を終えました。翌日、翌々日の計3回の治療でうまく痛みが取れ、仕事に復帰しました。今は50歳代半ばで奥さんと居酒屋を営み、元気に働いておられます。
 この2人のケースはわたしにとってはクリーンヒット、忘れられない経験です。
 椎間板ヘルニアという病名は90年代になってからはほとんど聞くことがなくなり、その代わりに「脊柱管狭窄症」という病名が多く聞かれるようになりました。同じように、心臓神経症はパニック障害と呼ばれるようになりました。「歌は世につれ、世は歌につれ」といわれますが、時の流れに伴って、わたしたちの身の回りのいろいろな事柄が実態を変えたり、忘れ去られたりしています。わたしの治療歴50年余りを振り返ってみても、暮らしの変化、訪れてこられる患者さんの訴えや症状の成り立ちがずいぶんと変わりました。めまぐるしく移り変わる現実にどこまでついていけるのか、まもなく
喜寿を迎えるわたしは、心ひそかに心配しています。1日でも長く元気でいて、
1日でも長くはり師でありたいと願う今日この頃です。
「2012年11月・鍼灸柔整新聞より」

  • 2012.12.18 Tuesday
  • 11:05

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